いくつもの自分を乗り越えて

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夏休みですね

平日に見かける買い物先や電車の中での子供達。家族や友達と楽しそうにしている姿に夏休みを感じます。

 

 

この春、幼稚園に入りたての男の子が、朝早くお家のお手伝いをするところを見かけました。

サンタクロースもびっくりの自分より大きな袋をゴミ置場まで運んでいます。

重くて重くて、ズルズル引きずるうちに、穴が開きそうになることに気づいたその男の子は、引きずることを止め、袋を抱えました。

 

(すごい!このあいだ見かけたときよりも成長している)

 

ゴミ置場に辿りついたその子は、今度は大きなカラスよけの網と格闘します。今日はお母さんは隣にいません。

(いつも一緒なので、これはこの夏の挑戦ですね。私も見守り隊に変身します)

 

どうやら上に網を投げて、網が宙を舞っている間にゴミ袋を移し、網の中に入れたいようなのですが、振り向いたときにはすでに網は下に落ちています。

 

何度も投げては落とし、投げては落としの繰り返し。

(でも今日は泣かない。成長してる!)

 

挑戦と失敗

 

それが少し続いた次の瞬間、カラス除けの大きな網が頭からすっぽり。

 

 

(あ!あぶない。思わず駆け寄ろうとした次の瞬間)

 

なんと、その子は

「やったぁ〜!」の雄叫び

 

(彼にとっては作戦成功だったようなので、また見守ることに)

 

網をかぶったまま体を移動させ、指先に触るか触れないかのギリギリの所まで進み、少しずつ自分の袋をたぐり寄せたのです。

 

無事、網の下へ収納成功!!! (おめでとう〜)

 

嬉しかったのでしょう、男の子は鼻歌を歌いながら、しばらくその網の中で。

 

出てきてからもその場でドヤ顔、仁王立ち(笑)。自分の「出来た」にひたっておりました。

 

自分で考え切り開いた成功へのツール。

達成感と爽快感もひとしきりだと思います。

 

子供ってすごい

今の現状を良いも悪いもジャッチせず、人目も気にせず、目の前のことに一点集中

 

きっと彼の頭の中では、これならできる、ここまでなら出来るを繰り返していたのだと思います。

「出来る」を続けて繋げて、その1つ1つが大きな集まりとなって、大きな成果に繋がりました。

 

それから流れに身をまかせた(!?)行動もすごいなぁと思いました。

 

自分で感じて考えて判断して行動。そこに固定観念はありませんでした。

 

信じて行動しづつける姿は、小さくてもとてもかっこ良かったです。

 

私たち大人も、この男の子のように、こうして一つづつ自分を乗り超えて、今いる場所まで辿りついたのですよね、きっと。

 

 

 

そして今回、見守る側に立ってみて気づきました。

いろんな人に見守られてきたんだなぁと

 

この世の中は、目に映るもの、耳で聞いたもの、記憶に残っているものだけが、全てじゃないなとつくづくです。見守る側に立てたからの気づきです。

記憶とは時間が経つと、自己都合よりに何重にも塗り替えられてしまう可能性大。危険ですね。

 

 

忘れかけていました。

自分の中の見て取れなかったもの、聞き取れなかったもの、記憶に残っていないものにも、しっかり守ってもらっていたということに。

 

それは

幼稚園や学校の先生

近所のおじさんおばさん

はたまた、名前も知らない通りすがりの方まで

 

その時々で自分の事のように手に汗握り、温かい目で「頑張れーもう少し」って見守ってもらっていたんですよね。きっと。

 

 

本当は手を貸したほうが楽なのに

ドキドキ、ハラハラ

声をかけちゃった方が早く事が済むのにね

 

そこをグッとこらえて、成長を見届けてくださった方が存在しています。深い愛情を今更ながら感じています。(見守る側に立てたからこその感想です)

その方の存在証拠なんてありませんが、これまでどこかでしてもらっていたことを、何かで感じとれているから、今自分も自然と同じことをしているんだと思いました。感じたことがないことは出来ませんから。

 

もしこうした経験に覚えがない方も、今ブログを読んで温かい気持ちになったのなら、きっとあなたの見守り隊もどこかにいますよ、きっと。

 

先日テレビで見た話ですが、人から愛された経験のない人はたとえ生きるための措置を施されても2週間と生きていられないそうです。アメリカでの出来事ですが、施設に保護された産まれたばかりの赤ん坊がミルクやオムツ替えをきちんとしてもらっていたのに2週間後に息を引き取った子が同時期に多数出たそうです。もちろん安全管理は24時間体制で完璧な場所でした。

ではなぜそんなことが起きたのか?

原因は子供の世話の仕方にありました。目を合わせて話しかけることが無かったのが一番の原因で、業務は全て事務的な流れ作業。子供の人数の多さに時間内に業務を終わらせることに重点においていたそうです。もちろんこれは全ての赤ちゃんが一人残らず、時間を守って、栄養と排泄物の処理をきちんと行い、親が居なくともしっかり健康的に育って欲しいという願いからの愛情行動だったのですが。

まだ話せない月齢であっても感情の受け渡しという時間が1日の中で全くないと、人は生きていけないということが証明されたそうです。目を合わせて微笑むことや、声かけが子供の心を育て、体を発育させます。

 

なので今生きている人は、みんな誰かから愛を与えてもらった人ということですね。

愛情の形はさまざまなので、なかなか気づき難いですが、きっとこれからの人生の中に答えはあります。

その気づきのポイントは

自分にも他人にも点数を甘くすること

 

全て分かり合えると思わない

全ての望みが叶うとは思わない

もし複雑に絡み合ってしまった人間関係なら、一度スルッと全部諦めてみるのもいいかも。びっくりするほどいろんなものが手に入ってきましたよ(個人的な感想ですが)。

 

この続きはまたお教室で!

 

今日もありがとうございました。